サウナ

日本人とサウナ

日本人とサウナ

今や、日本人の国民的娯楽となっているサウナ。サウナという言葉自体は、フィンランド語由来ですが、温泉大国日本でも、サウナ文化は実は独自に発達をしてきました。その歴史は古く、そして、庶民の娯楽や交流の場として根付いています。真面目で勤勉な日本人の「息抜き」として、日本人を支えてきたサウナ。日本のサウナの歴史を、本ページではわかりやすくまとめていきます。

日本古来の”サウナ”「石風呂」

日本のサウナのルーツは、はるか昔、奈良時代まで遡ります。そもそも、日本の伝統的な文化でもある「風呂」という言葉は、「蒸し風呂」の「室(むろ)」から生まれたと言われております。(お湯にに入る入浴法は、「湯(ゆ)」と呼ばれておりました。)

天然の洞窟や岩屋を「室(むろ)」として利用した、最も原始的な蒸し風呂で、中で薪を燃やして岩盤や床石を高温に熱した後、濡らした海藻や筵(むしろ)を敷き、その蒸気で体を温めました。

石風呂を楽しむ地域住民(山口県)

日本人は、古くから、病や災の原因を「憑き物」や「運命」と考えており、傷病の治療の際には「宗教」を用いてきました。当時の人々は、「寺院」に「石風呂」を設置をし、「南無阿弥陀仏」と唱えながら、熱された石風呂に入浴をし、疲労や傷病の治療に使用してきました。石風呂は、当初、山陽地方や四国地方の瀬戸内海沿いで特に発達していきましたが、奈良時代の僧侶「行基」や「弘法大師」らの高僧が、庶民の疾病治療に効果があるとして、「石風呂」や「湯」(温泉の源泉が沸いているところに浸かる)の文化を普及して行きました。

江戸時代の庶民の娯楽、「湯屋」

徳川家康が江戸に入府したのが天正18年(1590年)。その翌年である1591年に、江戸の町で初めての「湯屋」を開業しました。幕府が出来上がる前の江戸は、乾燥した平野のため、強い風により土埃が舞い上がっている荒野でした。そこに、幕府を開き、城下町を作るという世紀の大開発プロジェクトに駆り出された労働者は、身体中、泥だらけになり、疲弊しきっていました。そんな、彼らのために、伊勢与一という商人が、現在の千代田区大手町付近に、最初の「湯屋」を開業しました。

伊勢与一

当時の、「湯屋」は、「蒸し風呂」で垢をふやかした後、竹べらで垢を削るという、「スチームサウナ」と「アカスリ」を合わせたような入浴方法でありました。江戸の労働者たちにとってサウナは、過酷な労働で疲労した身体を癒やしながら、明日の労働への英気を養う、大事な場所でした。

当時の「湯屋」の様子 『加古川本艸綱目』(増谷自楽著、明和6年)

 

日本初のフィンランドサウナ誕生

銀座の「東京温泉」と「東京オリンピックの選手村」

現代のフィンランド式サウナが、日本に入ってきたのは、1956年のメルボルンオリンピックがきっかけでした。当時、「温泉は箱根や熱海まで出かけて入るもの」という時代の中、都心の銀座に、温浴施設「東京温泉」が1951年4月にオープン。この「東京温泉」を造った許斐氏利氏が、1956年のメルボルンオリンピックにクレー射撃の選手として出場した際に、フィンランド選手団が入浴していたサウナに感銘を受け、1957年に「東京温泉」に日本初のフィンランド式サウナを設置しました。トップアスリートの中でも「コンディショニング・体重調整に使える!」と話題となり、1964年の第1回東京オリンピックで選手村にサウナ施設が導入されました。

1964年東京五輪選手村のポストカード(部分)。中央の小屋が日本初のフィンランド式サウナとみられる。

文献
昭和・平成のサウナ史(公益社団法人日本サウナ・スパ協会 著)
日経新聞電子版 2022年2月6日記事

第一次サウナブーム – 日本の「サラリーマン」を支えたサウナ

1960年代からの高度経済成長の中、日本の男性は、「猛烈に働く」サラリーマンとして、昼夜問わず、働くようになりました。そんな男性の憩いの場として、絶大な人気を獲得していったのが、フィンランド式サウナを導入した「温浴施設」でした。オイルショックによる不景気で下火になるまで全盛期は、日本全国の繁華街などで約4000店が営業していました。現代の「吉野家」など牛丼大手3チェーンの合計店舗数に匹敵する数です。

1979年に創業したサウナセンター大泉(東京都鶯谷)

 

第二次サウナブーム – スーパー銭湯に家族とともにお出かけ

1990年代には、「第二次サウナブーム」が訪れます。この時代は、バブル崩壊後の「安・近・短」のレジャーが求められた時代でした。このニーズに応える形で、郊外に大規模な駐車場を備え、多様な浴槽や食事処を併設した「スーパー銭湯」が急増しました。これにより、サウナは「昭和の男性」のためのものから、「家族で楽しむレジャー施設の一要素」としてサウナの楽しみ方が変わりました。

90年代のスーパー銭湯ブームで流行ったまねきの湯(東京都江戸川区、2023年に平業)

現代のサウナ – 第3次ブーム「ととのう」文化

そして、2010年代後半の日本は、若年層を中心にサウナブームが起きました。マンガ「サ道」で、定義された「ととのう」という心身状態が、若年層を中心に爆発的にブームに。コロナ禍や、SNSなどの発達による多様な価値観の普及により、プライベートでの交流の場が、「飲み会」だけではなく「みんなでサウナ」という手段も普及しました。また、サウナ施設も「新たなジャンル」のサウナが誕生しました。民泊にプライベートサウナが設置されたり、水風呂の代わりに、川に入る、といった地域の特色を活かしたアウトドアサウナなどが、新たにオープンし、観光地化したりするなど、新たなサウナの楽しみ方も確立しつつあります。

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